東京にいながら大阪の物件探しは難しくて、9月末の引越しでは、とりあえず今住んでる大阪市阿倍野区北畠に落ち着きましたが、当初第一希望だった天王寺区の文教地区「四天王寺前夕陽ケ丘」に、とびきり良い物件がみつかったので、年明け早々引っ越すことにしました。今度は追い出されるまで住むつもりです。

大阪市内で天王寺区は、ファミリー層に人気ナンバーワンだけあり、利便性と住環境のバランスが抜群。下記のサイトによれば、関西の住宅地で地価が一番高いのは「大阪市天王寺区真法院町」なんですって。


そんな一等地の、駅近・築浅のマンションがなんと!以前住んでいた東京・中目黒の家賃相場のおよそ半額というから驚き!ヒェー!都内の賃貸マンション恐るべし!

天王寺区の名門校「大阪星光学院」

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聖徳太子の和の精神を受け継ぐ「四天王寺学園」

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洒落たレストランやバーが集まる「肥後橋」や「南森町」など、落ち着いた大人の街は他にもいろいろありましたが、天王寺区は地盤が硬く標高の高い「上町台地」に位置していることが最大の決め手となりました。その昔、大阪市は上町台地を除いて殆どが海だったそうですから。 

地盤の弱い大阪で、高級住宅地として発展してきた地域にはそれなりの理由があるということが、断層マップを見ていてよく分かりました。

それを物語るかのように、天王寺区には183もの寺院が密集しています!寺の数だけ見れは、京都や奈良より多いのではないでしょうか。地図を拡大してご覧ください。左上のデカいのが四天王寺、右側も全部お寺です。

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そんな歴史いっぱいの天王寺区をほんの少しだけご案内しましょう。大阪に来られたらタコ焼きと串カツだけでなく、是非こちらにも足を伸ばしてみてくださいね(笑)
 
甲子園球場の3倍の広さをもつ「四天王寺」
1400年前の推古天皇元年(593)、物部守屋と蘇我馬子の合戦に勝利したことを受けて、聖徳太子が四天王を安置するために建立したとされる、日本初の本格的な仏教寺院。敷地面積33,000坪、甲子園球場の3倍の広さをもつ四天王寺の境内には、聖徳太子を祀っている「太子殿」や、近畿三十六不動尊第一番の霊場の「亀井不動堂」、日本庭園の「極楽浄土の庭」など、見所多数。

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真田幸村戦死の地「安井神社(安居神社)」
大坂夏の陣で真田幸村が戦死した地として伝えられ、境内には真田幸村戦死跡之碑があります。

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酒封じの神さまとしても有名な「一心寺」
法然上人二十五霊跡第七番札所。再建されたばかりの仁王門はダイナミック。彫刻家・神戸峰男氏が手がけた5メートル以上の青銅像が立ちはだかる。

この寺には、大坂夏の陣の最前線で討ち死にした本多忠朝のお墓があるのですが、酒を飲んでいたため冬の陣で敗退し、家康に怒られた本多忠朝は、死の間際に「戒むべきは酒なり」と言い残したことから「酒封じの神」とされ、禁酒祈願をしに来る人が絶えないそう。もしもの時は、私もよろしくお願いします。

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パワースポット「堀越神社」
四天王寺と同じ頃に、聖徳太子が建立した四天王寺七宮の一つ。大阪では「堀越さんは一生に一度の願いを聞いてくださる」との言い伝えがあり、古くから親しまれているそうです。

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数度にわたる落雷と二度の大火災にも耐えた樹齢550年の「堀越さんのご神木」。昭和40年の谷町筋拡幅工事と地下鉄開通工事に伴い、現在の場所に移転したらしいのですが、移転している際、天空にわかにかき曇ったそうで、その様子は新聞にも掲載されたそう。私も精気をいただいてきました。

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上町台地から西に下るように、「天王寺七坂」と呼ばれる由緒ある七つの坂があります。
その風情ある石畳の坂は、スケッチや撮影スポットとして人気で、大阪市のど真ん中にいることを忘れさせます。その中で一番大きな坂「逢坂」は、馬も悲鳴をあげたと言われる急勾配で、上町台地の標高の高さが一目瞭然。
天王寺七坂の写真 

「上町台地」の形状と標高
上町台地の形状は幅2~3キロ、長さ約12キロで、北端は大阪市中央区天満橋、南端は住吉区まで、南北に細長く伸びています。
 
標高が最も高いのは大阪城天守閣跡の38m。一方、南部へは緩やかに傾斜しており、大手町付近で24m、天王寺交差点付近で16m、私が現在住んでいる阿倍野区帝塚山付近で14m。けれど、その南部の万代池南方から急に下り、住吉大社付近で6mだそう。

上町台地のことをもっと知りたい方はこちらをどうぞ

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「ハルカスあべ近」がさらに近くなって嬉しい!楽しみ!2015年。

 
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