『法華経』を私なりに解説してみたいと思います。
私は極度の緊張状態と絶望状態にあった時、某YouTubeチャンネルで法華経と出会いました。

1回目の動画で何か惹かれるものを感じ、2~3回目の動画で、

「あぁそうだったのか‥‥」とすぐその場で解脱しました。

そのことを皆さんにも知ってもらいたくて、拙い知識を総動員してこのブログを始めました。

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『法華経』の前半(第1章序品~第10章法師品)は衆生に教えを説いていて、

後半(第11章見宝塔品~)は仏の本質を説いています。

後半の「陀羅尼品」から「普賢品」までの6つの章は後に追加されたもので、

当時盛んだった民間信仰(迷信や呪術)を一部承認した背景があり、前の原型部分とは異質です。

『法華経』には衆生の心に刺さる良い言葉がたくさん書かれていますが、

表現や描写が複雑なのも大乗仏教の特徴なのかもしれません。

なかでも重要だと思うのは第10章「法師品」の、

法華経を受持し、読み、説き、書写する人は、過去世で誓いをたて、
この法門を説き示すために人間として生まれてきたことを知るべきである。
素晴らしい仏国土に誕生できたのに、それを放棄して、
自発的にこの法門を教示しにやってきた如来の使者である。


だからもし法華経を読んで何か感じたのなら、あなたの過去世の記憶がそうさせているのかもしれません。

第11章は、地上の霊鷲山から空中の虚空へと舞台が移り、多宝如来の全身の遺骨が安置された宝塔の中を見るシーン。

その扉を開くにあたり、釈尊は分身である諸仏を一同に集結させます。

多宝如来=法身=真理
釈尊=報身=智慧
諸仏=応身=衆生救済しにきた化身

つまり大乗仏教の「三身」を表しているという解釈もあるようです。

YouTuberの小宮先生によれば、

宝塔は如来の集合体であり、その中に如来になった自分の未来世を見つけて、

その人生を歩んでいくのだとおっしゃっています。

法華経を説き、無限の連鎖をつくりだし、

すべてが如来になって、無生法認を完成させるのだと。

(だから宇宙と科学も並行して勉強しているのですが)

この解釈が驚くほど自分にすんなり入ってきました。

こうした自由度もまた『法華経』の魅力だと感じています。

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